インドとPasandの物語 Vol.1 –20年続くパートナーシップの萌芽–
2024.02.02
インドとPasandの物語 Vol.1 –20年続くパートナーシップの萌芽–
Pasandというブランドを説明するうえで、欠かすことのできないテーマがインドとの繋がりです。ディレクターのMAMIがインドとのビジネスを始めてから20年あまり。平坦ではない道のりをインドから支え、洋服をはじめとするアイテムの生産の根幹を担ってきたのがAMITです。彼の自宅で、MAMI、MASARU夫妻とAMITの物語を聞きました。
Pasandの根幹を支える AMITとの出会い
ne Quittez pas、Sara mallika、そしてUPALAの3つのブランドを持ち、インドの手仕事や伝統技術を生かしつつ、そのテクニックを現代に合わせてアップデートしたアイテムを提案しているPasand。そもそもなぜインドなのか…? ディレクターを務めるMAMIは単身イギリス・ロンドンヘ渡り、さまざまなジャンルの仕事を経験するなかで、ポートベローマーケットをはじめ、街で見かけるMADE IN BRITISH EMPIRE のドレスに惹かれたという。
「当時日本でもインドの服を見かけることはあったけれど、LOVE & PEACEのようなデザインばかりで、日常で着られるようなものはほとんどありませんでした。もしかしたら日本の暑い夏にインドの生地で日本人女性向けのドレスを作ったらビジネスチャンスが生まれるかもしれない。旅先でもインドの美しいドレスを着た観光客をたくさん見ていたので、やってみよう、と決意しました」
あるセレクトショップの関係者を頼りにインドを訪れ、インドにおける最初のビジネスパートナーとの仕事をスタートすることになったものの、思い通りにビジネスが進まない場面に数多く遭遇する。そんな折に、共通の知人を介してAMITと出会うことになる。
「MAMIとは日本で初めて会いました。彼女は当時、誰とだったら腰を据えてインドでビジネスができるのか、それを模索しているタイミングだったと思います。それからしばらく経って、プロジェクトを依頼されました」
インドと東京の交流が生む 相互作用
AMITはニューデリーで輸出業を営む父親のもとに生まれ、大学ではファッションとデザインを学ぶ。洋服の歴史からパターンの起こし方まで、広く学んで卒業したのちにすぐ「REALM(レルム)」を創業。当初は5人のチームで小さなブランドをはじめ、MAMIとの出会いなどを経ながら2018年には自身のブランド『ITOH(イト)』をスタートした。ブランド名は「糸」と「意図」という2つの日本語が語源となっていて、Pasandとの取り組みのなかで培った経験も生かされている。彼にとっても大きな転機となるMAMIとの出会い、そして第一印象を尋ねてみた。
「少し怖かったのを覚えています(笑)。私は夢見心地な若者だったし、当時はゆっくりとしたペースでもいいので物事を完璧にこなすことに重きをおいていました。MAMIのスピード感は私たちよりもずっと早いように感じたので、将来一緒に働くことはないのかな…と」
MAMIもその日のことを記憶している。
「AMITはとても静か。私はコミュニケーションを取るためにたくさんの質問をしたり、おしゃべりをしたので驚かせたのかもしれません(笑)。だけど関係を続けていけば通じ合えるかもしれない、と思ったことを覚えています」
熟練の職人を多く抱える AMITだから作れる服がある
日雇い労働者で構成されることの多いインドのファクトリーにあって、「REALM(レルム)」は長年勤務を続ける職人が多数在籍している。2022年の現地取材、そして2023年に行われた今回の取材においても、同じ職人が同じ作業に従事している姿を何度も目にした。それだけ職人の腕を大事にファクトリーを運営しているAMITの姿勢は、Pasandのアイテムが高いクオリティで生産され続けていることに貢献し、自らのブランド、ITOHのモノ作りにも繋がっている。
インドの伝統的なテクニックを用いて作られた洋服はミニマルなデザインと洗練された雰囲気で、日本のセレクトショップやグローバルなECサイトでも取り扱いが始まったという。
次回の更新では、そんなAMITとPasandのパートナーシップがどのようにして今の形にまで昇華してきたのかを紹介する。
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インドとPasandの物語 Vol.2 –現場主義が生んだ信頼関係–
photography: Akemi Kurosaka
text: Pierre la Roche
Amitのブランド『ITOH(イト)』のアイテムはこちら